AMATERAS GUMBO
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友人達のメロディー
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麻呂はブランド(わっかるかなあ?)
行って参りました、厚別へ。患部側の腕を三角巾で吊りながら。
いつ以来でしょ?厚別。
いやあ、イイ一日でしたね。
しのかいさんと二人で仲良く、アウェイBの真ん中最上段という、かつての指定席。
大切な友人と一緒に大好きなチームを応援できる。それだけでも充分に幸せなことだと、
本当に心からそう思います。贅沢な時間でした。

実は今日のチケットは、一ヶ月以上前にウチの社長からプレゼントされたものなのです。
ある日突然「ルンバ君、これあげるから休んで行っといで」と。恐らくは、僕が去年一年 J1の舞台だったのにも関わらず、「お店にとって最初の一年が大切。自分が好きなものを我慢してでも、すべてをそこに注がなきゃ」と言って “禁コンサ”“禁サッカー” していたので、それで気を遣ってくれたんだと思います。ありがたいことです。

それで、ずっと楽しみにしてました。ドームの何倍も大好きな厚別の開幕ですし。
ところがところが、先日の怪我...。行きたいけど行けるような状況じゃないし、でも行きたいし、でも天気が微妙だし(雨なら完全アウト)時々痛みの波が押し寄せてくるし、でもせっかくだから行きたいし。行くんなら仲間と一緒に行きたいけど、どうなるかわかんないから誰にも連絡できないし。

そんなこんなの葛藤の挙句、今朝の体調と天候を鑑みての レッツ・ゴーでした。
うん。無理やりでも行って良かった。ホント良かった!

ゲームそのものは、まあ、アレですけど、とにかく宮澤を観てひたすら笑ってましたね。
「お前、どこのベテランよ?」
と。 いちいち“老けて”ますよねえ。良くも悪くも。ハーフタイムが終わって西・藤田・岡本・宮澤が一緒にピッチに入って来る際に、身振り手振りで相手に何かを伝え、恐らくは何かを要求して、結果そのメンバーの中心にいたのも宮澤でした。

僕は最初っから老けているプレーヤーもありだと思っています。ただ、それならそれで、もっと極めなきゃ。練習相手が限られる現在の状況では、自分に厳しくあり続けることが大切。「あと一歩、あるいはあと二歩」「もう0.5秒早く」そこのところの反応力まで老けてしまってはフル代表には入れませんね。それは自分で磨けると思いますよ。とにかく頑張れ!


さ、じゃ僕は安静にしてよ。
しのかいさん、どーもでした!
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by janometei | 2009-05-24 22:44 | 蛇乃目亭notes
ステップ・アップ
この一年で、ギックリ腰を3回やりました。
その結果、ギックリ腰の治療精度が格段に上がりました。
経験して初めてわかる事ってホントに多いんですよねえ。その発生機序、障害部位、治療方法や効果、治療中の日常生活のポイント、患者のメンタル面の推移...等々。
もちろんギックリ腰にも色々なパターンがあり、それによって原因や治療部位・方法も違ったりするわけですが、ひとつのパターンを身をもって知ることで、治療する側の“ふところ”とか“引き出し”は 随分と広がるモンです。


で、このたび、「鎖骨骨折」の治療精度が上がることになってしまいました _| ̄|○

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いやあ、嬉しくないッスわ。


先週木曜の夜の受傷です。キレイに折れてキレイに元の場所に戻っている(「転移が無い」と言います)ため、痛みも少なく、案外早く治りそうではあります。レントゲン写真を診た何人かの先生たちも口を揃えて「これは不幸中の幸いだねえ」なんて言うのですが、確かにそうかもしれないけれど「不幸」であることに変わりは無く、もう、とってもションボリです(^^ゞ

でもまあ、起きてしまった事はしょーがないので、色々前向きに考えて、一ヶ月程 この不自由な生活を満喫しようと思います。
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by janometei | 2009-05-20 10:16 | 蛇乃目亭notes
名誉市民

冷たい俺の体を川に流しておくれ
おまえだけが友だちなんだ

太陽は昇り一日がほこりの中で始まった
人はあふれて右へ左へ
何も変わったことなどないと歌っている
今日はカーニバル

『カーニバル』 (BO GUMBOS 1993年)


ローザ・ルクセンブルグ時代から、ある種のロック・ミュージシャンに時折感じられる “死の匂い”のようなものが、どんと からは滲み出ていました。
そんな彼が歌った『カーニバル』には とっても切ない予感が含まれていて、そしてそれが現実となった2000年1月27日以降は、もう、冷静な気持ちでは聴けない一曲になってしまいました。いまだに油断した状態でこの曲を聴いて、うっかり感情移入でもしようもんなら、涙が溢れ出て止まりませんよ。


僕がナマのどんとを観たのは、1990年8月12日 仙台SUGOで開催された『ロックンロール・オリンピック‘90』。BO GUMBOSとMOJO CLUBを個人的メイン・ターゲットに臨んだそのライブ・イベントのトリは、イベント10周年を記念した特別出演のRCサクセション。
MOJO CLUBは言わずもがな、実はどんとにとっても清志郎は大のアイドル。
最後にみんなで演る『雨あがりの夜空に』の前に順番にステージに呼ばれたどんとは、清志郎と同じステージに立ってカチンコチンになってしまい、どもっちゃったところを突っ込まれたりもしていました。

『カーニバル』が収録されたアルバム『GO』は、その前の年に発表された清志郎の『Memphis』を受けて出されたような感じでした。同じく収録曲のひとつの『あこがれの地へ』は、メンフィスに行った清志郎への賛歌にも聴こえましたしねえ。
(そして僕の中では、2003年のトータス松本の『TRAVELLER』へと続きます)


「俺が死んだって、世の中は何も変わらずに動いていくんだよ」
と歌ったどんとが死んだ翌日、やはり朝は昨日までと同じようにやって来ました。


確かに何も変わらない。・・・変わらないんだけど、・・・変わらないんだけど・・・。


天国で、憧れの清志郎に再会したであろう どんと。
「おお!久し振りだなベイベー!」とか言ってニコニコ笑い掛けてくるアイドルを前に、
やっぱりカチンコチンになっているのかなあ?
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by janometei | 2009-05-05 23:20 | 蛇乃目亭notes