AMATERAS GUMBO
rumba.exblog.jp

STREET CORNER
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
友人達のメロディー
<   2005年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧
if there is a will
d0018664_21162537.jpg
 ちょっと時間が経ったけど 未だに頭に来ていることがある。我ながら「またもやそんな話しかい」と思うし、頭に来る事など腐るほどあるのだが、やはりこれは格別だ。

 昨年起きた イランでの人質事件に関して、①誰が ②どうして →③どうなった かを並べてみる。
ケース1:①例の三人が ②助かった →③話題になった
ケース2:①香田さんが ②殺された →③話題にならず

 この差は一体何故生じるのだろうか?差が生じるのだとしたら ③は逆になるのが普通ではないのか?助かったのならまずはそれで良く、殺されたのなら大問題だと思うぞ。何で逆なんだ?
 なんてわざとらしく書いてみるが、理由は簡単。そこに“誰かの意図”があるからだ。そしてそこには“悪意”が込められている。自分本位の悪意が。ここで言う「自分」と言うのは必ずしも一個人を指すものではない。小泉(仮名)・自民&公明党(仮称)・アメリカ(架空国家)なんかの御都合があって、そのためにマスメディアを中心とした言論統制が行なわれているのは まあ間違いないのだろう。いわゆる「政・官・財」+「学・マスコミ」=「鉄のペンタゴン」と呼ばれるものがあるが、我々庶民に対して重要な役割を持つところの「マスコミ」をコントロールされては ちょっとこれは かなり厳しい。

 ③の前に意図が加わるとしよう。そこを解読するには「何故(=②´)」③になったのかという事を考えればいい。
ケース1:②´見せしめのため →③三人を悪者に仕立てて執拗に話題にした
ケース2:②´都合が悪いため →③話題にならないよう黙殺した
 ここには主語を記していない。「見えざる手」とでも書けばいいのか。あくまでマスコミにプライドや主体性が無いという前提だけども。ともかく そいつらの意図により、マスメディアでは 個人の人間的尊厳まで脅かすような攻撃が加え続けられていたり、逆に世間からは同情されるべき事態が抹殺されたりしている。思いのままだ。ヒドイもんだ。
(香田さんの件は、政府も「殺される」という結果を かなりの高い確率で予測をしていて、その上での小泉の発言等があったのだとも思う。そういう意味では、香田さんの死も “見せしめ” と言えるだろう。本音は「誰かが殺されるのを見せれば、イラクに行こうとする奴もいなくなるだろう」といったところか)

 我々が戦う相手は こんなにも多く、こんなにも大きいのか。気持ちが萎えてしまうな。それでも戦わなければならない。戦うと言っても 何も抗議パレードをしたり、ビラを撒いたりしようという訳ではない。まず大切なのは、この場合 他人の事に気を配る余裕など無いのかもしれないので、とにかく自分で、正しいものと間違っているものとを見分けられるようになること。誰が嘘をついているのかを見抜くこと。どこに真実があるのかを感じ取ること。表に現れる言葉や現象によって誰が得をするのかを よーく考えること。そして自分自身を持ち続けること。とにかく そういうことを繰り返しておく事だ。
 一人一人がそうしておくだけで、実は物凄いポテンシャルを生むはずだ。忘れてはいけない。メディアは我々を洗脳するためにあるのだ。ある時は娯楽になり、ある時は有効な情報源にもなる。でもその本質は“洗脳システム”なのだ。(良し悪しを言っているのではなく、事実のひとつを言っているだけ。宣伝広告なんかは その解かりやすい例だろう)

 ペン(メディア)は剣(軍隊)よりも強し。非常事態においてはそんなことは無いのだろうが、民主主義が本当なら その通りかもしれない。そんな強いもの。味方になれば心強いが敵に回すとやっかいだ。普段は味方の振りをしていても、突然掌を返したように敵になってしまう。冒頭の例のように。

 ペンと剣のどちらが強いかはともかく、その両方を持たれてしまったら、なかなか勝ち目は無いのかもしれない。でも残念ながら 今の日本は間違いなくそうなってしまっているのだ。この文章だって その気になれば彼らには筒抜けだろう。それでも 覚悟しつつ自分を持ち続ける以外に道は無いのだと思う。いざという時のためにも。
[PR]
by janometei | 2005-01-16 21:15 | 猥鈍駄馬考
私の天竺
 2004年。天皇杯では自虐的に「奇跡」なんて言っちゃうくらいの快進撃をしたものの、リーグ戦は史上最低の成績に終わりました。でも史上最高に楽しい一年でした。それは たくさんの仲間に恵まれたからです。去年から繋がりつつあった関係が、今年は大きく発展しました。いや、その関係が熟成されて来ている と言った方がいいのかな。たった一年なんですけど。

 最初はオフ会みたいなものは何だか気持ち悪くてイヤだった僕ですが、二つの掲示板を通して会話をしているうちに何か心に感じるものがあり、管理人さんの後押しもあって どんどんと色んな人に会う事になって、そしてどんどんと仲間が増えて行きました。
 今までも一緒にサッカーを観たりする友達はいました。でもチョット違うんですよねえ。何て言うか、“いい塩梅” なんですよねえ、今は。

 以前ある人が サポーター同士の仲間割れを見て「どうして同じ星を見ている者同士なのに上手く行かないのかなあ」なんて言っていました。よくあることですよね。でも僕は やっぱりアマノジャクなので「人は皆 同じ星を見ているワケではない」という前提に立っちゃうんですよねえ。それでもって 今の仲間も どうやらそれに近いような感覚でいるような、それでいてやっぱり結構同じ価値観で物事を見ていたりして、必要以上に力の入らない、でも同じものに同じようなテンションで一緒に感動できちゃう 不思議な人達なのです。

 試合を観ていても、誰かが気の利いた動きをすれば「お、あいつ見えてるねえ」、誰かがサボれば「ごラア!走れえ!」、おかしな笛には「ふざけんな!どこ見てんだ!」、スペースやシュートコースを見つけると「あるあるある!」、入んなくてもイイから今は打っとけ と思う場面では「打っちゃえ打っちゃえ!」、「副審ハッキリしろ!」・・・等々。更に 試合という現象面だけではなく、練習や選手の育て方、クラブや監督の哲学、挙句の果てには日本代表や解説者に関してまでもが、何かにつけ みんなおんなじ。やっぱり “いい塩梅”なんです。

 出会いには“タイミング”も重要な要素だと思います。人にはそれぞれのバイオリズムがあって、応援するチームにもそれがあって、それらは長い波と短い波があって、社会情勢や時には自然のイタズラまでもがあったりなんかして、そんなこんながある時点で重なり合って出会いが生まれるのでしょう。「偶然」と言ってしまえば済むことかもしれませんが。

 これが5年前だったら 僕は馴染んでいなかったでしょうね。もしかすると5年後でもダメだったのかもしれません。

 世の中にサッカーがあって、ちょっとダメになりかけたクラブがあって、ひょんな事で始められたHPがあって、応援する選手がいて、いつの間にか「類は友を呼ぶ」で人が集まって来ました。この“いい塩梅”も この先やはりそれぞれのバイオリズムなんかのせいで 距離的には多少付いたり離れたりがあるのでしょう。でも仲間であることに変わりはありません。
一年経って確信しましたヨ。この出会いは「必然」だと。

 ヤンツー監督の誕生日と共に新しい一年が始まりました。今年はどんなシーズンになるのでしょうか? 僕にとって楽しい一年であることは お陰様で目に見えているのですが、それでも なるべくたくさん勝って、あわよくば昇格争いなんかもして欲しいですね。いくらアマノジャクな僕でもそう思います。

 そんなワケで 今年も一年どうぞよろしくお願いいたします。
[PR]
by janometei | 2005-01-05 21:46 | 駄馬駄馬ソース(コンサネタ)