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友人達のメロディー
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Ride Like The Wind
 10/16付け北海道新聞朝刊にあった 某高校野球監督のこと(駒大苫小牧ではありません)。
「高校野球は監督の采配が勝負を決める」が信念で、センバツ優勝を
果たした時は、投手の全投球をベンチからサインで指示した。

とありました。「ほほう、俺はイヤだね」と思いましたね。
 一方、11/2付け北海道新聞朝刊で、北海高校のサッカー部 島谷監督のことは、
選手の自主性を重んじ、練習後のミーティングには加わらない。全国
選手権の戦い方も「選手に任せたい」と言う。その言葉に積み上げて
きたものへの自信がのぞく。

とありました。「イイねえ、こーゆーの」と思いました。
 僕はコドモなので、その本当の意味もわからないまま "自由"に憧れるのです。

 団体競技であるサッカー(や野球等)の試合で 個々人が本当に好き勝手をやっていい訳がありません。それでも僕達は 選手にもっと自由に伸び伸びとプレーして欲しいと思いながら観ています。自由なプレーとは何でしょう?今で例えるならロナウジーニョのようなプレーでしょうか?ジダンやバッジオやエメのようなプレーでしょうか?ただそれは、技術・センス・実績に裏付けされた上で本人が勝ち獲ったものです。監督が、周りの選手が、サポーターが認めた自由なのです。

 では自由を勝ち獲るためにはどのようなプロセスを踏めば良いのでしょうか。練習でアピールをする・試合でアピールをする・常に私生活を含めて言葉でアピールをする。言うのは簡単ですが、じゃあ果たして選手には 常にアピールをする自由はあるのでしょうか?アピールをするためのアピールをしなくてはいけない なーんて事だってあるのかもしれません。世間ではよくあることでしょうが。

 当然サッカーにおいて それは主に監督のやり方に委ねられているのでしょう。そしてそのやり方は、よく言われるような、選手を「子供扱いする」のか「大人扱いする」のかという二者に分けてみるのが、結構分かりやすかったり 議論しやすいように思えます。
「子供扱い」の代表はやはりトゥルシエですかね?そして「大人扱い」の代表格はズィーコ。どちらも記憶に新しいし。
 トルシエは 選手と言うよりも、日本のサッカー(及びサッカー界)自体を「子供扱い」して対峙していたような気がします。そして勿論ジーコはその逆です。ただ、矛盾するような言い方ですが、トルシエは「大人と認めた上での子供扱い」をし、ジーコは「まだ子供なんだけど大人として扱わなきゃ」という感じでいるようにも見えます。そうだとすると、両者は決定的に違うようでいて、根本的には同じという気もします。そういう指導方法及び采配なのではないでしょうか。

 では我等がヤンツーは?我等がコンサは?
 この一年間は、間違いなく「子供扱い」です。ただしトルシエと違うのは、本当に子供だと認識した上での子供扱い。「早く大人になりなさい」「大きくなったら もっと色んな事を教えるから」的な接し方。大人になるための教育期間。いわば小学校の先生のような感覚でやっているようように感じます。そう考えると、スパイクを替える替えないのことも、練習のあり方のことも、生活態度のことも、「どうしてもっと手取り足取り厳しく、ムリヤリ指示通りやらせたりしないのか?」という疑問も解けてきます。だって小学生に相対性理論を教えたって、ねえ?
ただもしかして「こんなにも子供だったのか!?」という誤算はあったのかもしれませんね。選手に対しても 僕達サポーターに対しても

 ものっスゴイ希望的観測なのかもしれません。そして 選手を選抜する代表チームと、育成するクラブチームとを並列で論ずることのナンセンスさも踏まえた上での戯れ言ですが、トルシエとジーコの共通項=信念を曲げない・哲学を持っている事は、柳下監督にも共通していると思うのです。恐らくこれから徐々に「大人扱い」をして行くのでしょう。いや、既にその傾向はハッキリと見てとれます。(第4クールくらいからは特に。でも「第3クールからそうする」という僕の予想は外れてしまいましたねえ)

 世の中に絶対正解というやり方などある訳がありません。誰かにとって良いやり方でも、別な誰かにとっては悪いやり方になってしまうという事もあるでしょう。個人レベルではなくチームやクラブにとっても同様でしょう。それならば、信じてやってみるのが一番手っ取り早いはずです。信じるに値するかどうかの見極めは、信念がブレないかどうか。・・・うん。それはヤンツー大丈夫。クラブも、この一年は 外から見る限り やる事がブレてません。今のトコ大丈夫。

 自由と不自由、束縛と開放は 常に表裏一体です。今期の開幕戦のピッチで得た自由。そしてシーズン中盤で失った自由。それは再び先日のドームで後半開始の笛と共にやって来ました。いや、自らの手で勝ち獲ったのです。恐らく来期のチームでは今よりも束縛が増えるのでしょう。そしてその束縛に忠実である事に比例して、自由も増えると思います。変な話しですが、きっとそうです。

 人間の筋肉に起きる「超回復」という現象。同じ事は精神にも起こります。筋力が鍛えられて肉体が成長するように、精神力が鍛えられて 子供は大人へと成長するのです。苦労して、悩んで、必死になって、やっとの思いで獲り返したものも、いつの日かまた失う事があるでしょう。それは不運によって降りかかるのかもしれません。でも、その時はまたそこから這い上がって来て欲しい。僕達はその度に何度でも何度でも繰り返して声援を送ります。もちろんスタジアムではその何倍もの声を出すでしょう。(鳥栖戦の後半の盛り上がり方はスゴかった!)

 だから、いつも応援しているから、頑張れ!岡田 佑樹!
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by janometei | 2004-11-10 21:49 | 駄馬駄馬ソース(コンサネタ)