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友人達のメロディー
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食害
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誕像日:2004年5月8日

 阿寒町の国道240号での光景。釧路から北見へ移動する間、とにかく鹿を見た。100頭は見たぞ。絶対に過去最高の出会い数だ。暖かくなって来たのでエサを食べるのにひたすら活動しているのだと思うけど、でも異常な数のような気がした。繁殖力が強いらしいエゾシカなので、増えだしたら歯止めが利かなくなるのだろうか?おかげで樹々はこんな感じで皮を食われてツルツルの あられもナイ姿である。
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by janometei | 2004-05-09 22:43 | 娑婆駄馬写真館
恥じを知れ
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 僕が同じ日本人に対して好意を持つところ。

    奥ゆかしいところ
    謙虚なところ
    他人を立てるところ
    恥ずかしがるところ

 「恥の文化」とかいう言葉がある。小学校の時に習った覚えのある言葉だ。わかるようでわからない言葉だけど、でも言わんとするところは 大体わかる。日本人だからね。断わっておくけど、別に日本国籍以外の人を排除する気も無きゃあ、大和民族・琉球民族・アイヌ民族くらいにしか この気持ちはわからない なんて言いたい訳ではない。
 「恥」とは美意識の事。何かをする時、それが自分達の道徳観に相反する時に、「恥ずかしい」と思う気持ち。「恥」は行動の規範でもある。そんな風に僕は捉えている。

 その規範が、「損得勘定」に変わった時に、我々は「エコノミック・アニマル」と呼ばれ出したのだろう。もう20年以上も前の事で、僕は子供の頃だ。

 わかりやすく有名な話しでは、自動車(トヨタ)の例がある。かつて日本の車は、ドイツ車あたりと比べて、乗っている人の安全性は遥かに低かった。燃費を良くし、コストを抑えて 他社との販売競争に勝つ為に 車体の軽量化が進んでいたからだ。外国から「日本の車は安全性が低い」と言われても全く意に介さず、むしろ「危険度が増しても 軽量化のみを追い続ける」姿勢を貫いていた。ところが、80年代の後半に 日本でも「安全性」がユーザーの意識に強くはたらくようになった。つまり「安全性」が “売り” になり始めた。その途端である。トヨタを始め、日本のメーカーが「私たちは ずっと安全性を追い求めていました」なんて感じで 安全基準を声高らかにうたい始めたのは。

 そこに「ユーザーの安全を確保する」という哲学があった訳ではなく、「売れるかどうか。そして儲かるかどうか」という損得勘定が働いたに過ぎない。これぞエコノミック・アニマル。

 最近の身近な例では、コンビニの弁当かな。何年か前にampmが「私たちは(毒物のような)合成保存料は一切使っていません」という広告を始めた途端に セブンイレブンやローソンがみんなでグルになって その広告を潰しに掛かった。その時のセブンイレブン達の言い分は「合成保存料は法律で決められている基準内のもので、安全性には全く問題が無い。誤解を与える内容の広告は営業妨害だ」といったもの。しかし今の消費者は 本当は合成保存料が体に良くないことくらいは知っている。できるなら それが無い弁当を食べたいのだ。するとそれに気付いたセブンイレブンは、舌の根も乾かないうちに「合成保存料は一切使っておりません」というのを “売り” にしたおにぎりや弁当を続々登場させて来たのだ。やはりここにも「ユーザーの安全性確保」なんか 行動の基準にはなっていない。「売れるか売れないか」である。

 この規範(基準)は今でもずっと続いていて、我々日本人の思考・行動の拠り所になっていると思っていた。ところが ここんとこ またわからなくなって来てしまった。一体何がそいつらの思考及び行動・言動の基準なのか?

 イラクで人質になって解放された3人に対するバッシングをする連中。
 色々思うのはイイ。人それぞれ考え方が違うし、自分の身内に自衛隊員がいるかいないかで 意見は全く違ったものになるかもしれない。でもね、関係の無い人間が、反撃もされない安全圏から 無責任な砲弾を浴びせ掛けるのは 絶対に間違っている。やってはいけない事だよ、それは。
 ブッシュは「損得勘定」、小泉は「ご主人様の言いなり」。共に吐き気がするほど情け無く 個人的には全く賛同できないが、その行動基準は明確で理解はできる。しかし奴等の事は理解できない。せいぜい判るのは、あいつら自分自身の考えなんか無い という事だけである。少しは恥じを知れ、恥じを。

 僕が同じ日本人に対して嫌悪感を持つところ。

   他人に流されやすいところ
   責任から逃れようとするところ
   哲学を持たないところ

 そう言いながら、自分自身の事を言われているようでドキリともしてしまう。そういや僕も日本人なんだった。参ったなあ。
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by janometei | 2004-05-02 22:58 | 猥鈍駄馬考