AMATERAS GUMBO
rumba.exblog.jp

STREET CORNER
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
カテゴリ
友人達のメロディー
<   2004年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧
どんと
d0018664_1363496.jpg
今更ながら生年を調べてみた。
久富隆司(くどみたかし)1962年8月5日 岐阜出身
               ・・・1985年発売『都に雨の降る如く』ライナーノーツより

 メジャーデビューとなった 上記の巻上公一プロデュースによるオムニバス・アルバムでは、ローザ・ルクセンブルグのボーカルは まだ「どんと」という呼び名ではなかったのだ。
このアルバムとの出会いは高校三年の冬で、中二の頃から毎月購読していた『ロッキンオン』のアルバムレビューで「爆風スランプのライバルが集結」みたいな事が書かれてあり、それがキッカケでナケナシの小遣いをはたいてレコードを買いに行った覚えがある。中一の冬にCheapTrickと出会い、そこからすっかり洋楽にハマリながらも、中三の夏に爆風スランプのデビューアルバム『よい』に打ちのめされて間もない頃の出来事だ。当時の爆風スランプの ロックファンに与えた衝撃は計り知れず、その年の 年末恒例の『ロック大賞・日本人部門』では、例年文句なしの一位だったRCサクセションを抜いての 初出場&初優勝を “かっさらう”くらいであった。その “ライバル”と言われちゃあ聴くしかナイでしょう。ただ、聴いてみると、その時は「全然 爆風の方が上じゃん」と思ったのも事実だった。

 その後僕は大学に進み、その時期と並行して 音楽シーンにおけるローザの存在はいつの間にか少しずつ大きな存在になって行ったのだが、何せ「爆風の方が上じゃん」と思ってしまっていたので、キチンと追っかけてはいなかった。それに 僕自身が “ナイアガラー”として覚醒を始めてしまった時期でもあるし。ところがある日、ふとしたキッカケで セカンドアルバムを聴く機会があった。正直、体が震えましたね。「こんなに 凄くなっていたのか!」と。驚きつつ「ちゃんと聴き直そう」と思ったのもつかの間、まもなくローザは解散してしまった。

 次の出会いは89年・夏。入社したての僕は、仙台での研修中に、休日に行ったレコード屋(当時は “CDショップ”という呼び名が まだ一般的ではなかったような気がする)で、「元ローザの どんと と永井が新バンドを結成する」というニュースを目にする。その頃はお金が無く、毎月先輩からおカネを借りながら どうにか生活をしていたのにも関わらず、その新バンドのアルバムの予約だけはチャッカリしてしまった。そしてついに発売日。新バンド名は『ボ・ガンボス』。キーワードは “ニューオリンズ”。何と驚く事に、その頃には すっかり僕の “背骨”になってしまっていたところのナイアガラと繋がってしまったのだ。運命なのかねえ?大滝詠一は「必然は、最初は偶然の顔をしてやって来る」とか言うけどね。

 ところで、自分の中では どんとと同じ次元にいて、できればこの三人で “トライアングル”とか演ってくんないかなあ?なんて妄想にふけっていたミュージシャンがいる。ブルーハーツ~ハイロウズの甲本ヒロトとウルフルズのトータス松本だ。似ていないようで実に同じ “匂い”がするんだよなあ、この三人。何でかと色々考えてみると、どうも音楽的なバックボーンに共通性があるようなんだよなあ。そして何より、“同世代”だしね。大きいヨ、この “同世代”ってーのは。僕には4歳上の兄貴がいるので、中学~高校の頃はそこから音楽的な影響も当然受けていて、従って その年代までは 自分にとっての “同世代”になるのだ。そう思って二人の生年月日も調べてみた。
甲本ヒロト1963年3月17日岡山出身
トータス松本1966年12月28日兵庫県出身

だそうだ。やっぱり。どんとは兄貴と同い年で、ヒロトを挟んで トータス松本は僕と同い年。正に “同世代”なのだ。ちなみにサンプラザ中野は1960年生まれ。子供の頃の話しだから 二歳もズレていると “違う世代”になってしまう。

 この “同世代”の心地良さが、どんとに心酔したひとつの要因だったのかもしれないな。安芸乃島に感じたシンパシーにも近いものがあるかもね。でもそう考えると、ポップミュージックの世界で 40歳間際になって現われる人なんて まずいないだろうから、僕の生涯で今後二度とないであろう という形での出会いだったという事になる。

 自分にとっての “ひとつの始まり”の年に出会った(再会した)ボ・ガンボスは、“ひとつの区切り”の年である1995年に解散した。
どんと はその後 沖縄に移り住み、音楽的にもそっちの方へ流れて行き、ほとんどメジャーの世界には顔を出す機会が減っていたようだった。でも最早そんなことは関係無い。僕にとっては 永遠の並走ランナー的存在だと勝手に認定していたからね。

 音楽的なことがどうこうという事はここでは書かない。書けない。書き切れない。
ただ、“同世代”である彼と出会え、同じ時代を過ごせた事を神様に感謝をするしかない という気持ちで一杯だ。
 2000年1月27日にハワイにて永眠した彼の魂に合掌。
[PR]
by janometei | 2004-01-29 01:32 | 猥鈍駄馬考