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友人達のメロディー
カテゴリ:猥鈍駄馬考( 34 )
イヤな予感
突然ですが、「給食が危ない!」 と思いました。ふと。
それは牛肉。

ニュースですっかりお馴染みになったBSE問題。“結論ありき” と誰もが思っていて、やはりその通りに輸入再開になって 「ホラ見ろ」 なんて思っていたら、アメリカ側のいーかげん振りが露呈してしまい、「おいおい、どーすんだ?」 などと半ば呆れていると、バカ首相が「悪いのはアメリカ。何故日本が責められるのか分からない」などと無責任発言をしてるところへ、日本の誰かさん(名前は 別の意味で書きたくないデス(^^ゞ)が やるべき事をやらず “タケマエ” さえ吹っ飛んでしまい、もう、何が何だか分からない状態になってしまいました。

それでも分かっていることは、アメリカは日本に対して輸入再開を強要し、日本はそれを受け入れるだろう ということ。それは間違いありません。そーゆー国ですからね、お互い。
遅かれ早かれ アメリカの牛肉は日本に入って来るでしょう。その安全性が確認されるかどうか ということとは本質的には全く無関係に。

ところが、これだけ問題が知れ渡ると、いくらなんでも日本の消費者は アメリカの牛肉なんぞ買わないでしょう。自分の意思では。
そうすると、やはり輸入再開したものの アメリカ産牛肉は市場で余ってしまい、その輸入量も増えない という事態になります。

そこでアメリカ側は どうするかと言うと、また、脅して来るでしょう。「輸入量増やせ」と。「努力せよ」と。
すると日本側は どうするかと言うと、また、それを受け入れるでしょう。「増やします」「努力します」と。

でも、政府が「努力します」ったって 消費者が買わなきゃしょーがナイ。輸入量=消費量は増えません。

じゃあ どーするか。

政府が消費するのです。“消費者の意思” が及ばないところで。言い方を換えると、政府がコントロールしやすいところで消費をするのです。圧力を掛けやすいところ とでも言いましょうか。更にそれが大量&安定消費が見込めるところなら最高です。ホントは最悪ですケド。

そうして 「学校給食」 が狙われる。

リアリティ ありますよ。これ。
どーします?先生。
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by janometei | 2006-02-07 23:36 | 猥鈍駄馬考
柔道部物語
「今年の年末には『吉田vs小川』なんてのも組まれるかもね。柔道の全日本選手権で 吉田が小川に判定勝ちした“事件”は 確か'94年。それからちょうど10年だ。客呼べるぞお! 」

これは 2004年6月20日の僕の日記。
一年遅れではありましたが、昨年の大晦日、さいたまスーパーアリーナにて この対決が行なわれました。結果は ご存知の通り吉田の完勝。
リアルタイムに 実家で『紅白』を見せられていた僕は、3日遅れで やっとVTRを観ました。
感想は、純粋に「面白かった」です。
ただ、思ったよりも力の差があったなあ とも感じました。

あれだけ試合前に 両者の “因縁” が宣伝されていましたので、柔道好きの人間じゃなくても 1994年の全日本選手権での出来事は知っていると思います。
あの当時、元柔道部の僕は 吉田を応援していました。「優勢勝ちでも 勝ちは勝ち。自分はポイントを守ってででもイイ(ので勝ちたい)」と言っていた小川が嫌いだったもので。
よく考えれば、優勝以外は世間に評価されない柔道の世界で、選手がそれくらいのことを言ったって仕方が無かったのかもしれません。相当なプレッシャーだったのでしょうし。
でも僕は、やっぱり「一本獲る!」って言って欲しかったんですね。アマチュアなんですから 観客の声なんか本当はどうでもイイはずなんですけど。

その94年の選手権の時も、何となく「吉田頑張れ」的な雰囲気が武道館中にあったらしいですし、吉田の中学・高校の先輩である古賀稔彦が、その何年か前に やはり全日本選手権で小川に一本負けしていましたから、“判官びいき”もあって審判の判定に影響してしまったこともあったかもしれません。
とにかく 準決勝で勝ったのは吉田でした。
(ちなみに 決勝の吉田vs金野戦は、壮絶な試合のすえ 金野が優勝した記憶があります)

ただ、当時の小川のことを知らない人に誤解されるとイヤですので ハッキリ書きますが、小川はムチャクチャ強かったですよ。全日本選手権でも、1994年の前の5年間と 後の2年間、計7回優勝。これは山下の9連覇に次ぐ偉業ですよ。文字通り 最強だったんです。ハンパじゃなかったです。
ある種、天才だったとも思いますね。(その天才振りは 何となくジャンボ鶴田を連想させて、同時に 今にしてみると “プロレスラーとしての弱さ” も重なって見えるのですが。「強いけど弱い」みたいな)

時が流れて、今や小川の方がプロレスラーとしてエンターテイメント性を重視する立場になったことは、何とも不思議な感じがします。
大晦日の試合終了後、負けながらもパフォーマンスを演った小川も、その相手をしなかった吉田も、それぞれの立ち位置とポリシー(正に“プライド”?)が明確に表現されていて、良かったと思います。ネット上では そのやりとりに賛否両論ある様子が見られますが、僕は両者とも あれで良かったと思います。

今までは柔道選手時代の印象が強く残っていたために どうも好きになれなかった小川のことが 結構好きになりました。そして今まで好きだった吉田のことは もっと好きになりました。
結果も何もかも含めて、僕にとっては 実に素晴らしい一戦でした。

同じ日、別チャンネルでは瀧本も試合をしていましたね。
が、やはり僕が次に観たいのは・・・・井上康生!
ムリかなあ、やっぱ。
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by janometei | 2006-01-07 00:24 | 猥鈍駄馬考
もうすぐ誕生日
ここのところ、今更ながら親に感謝をすることが結構あります。
とくに強く感じたのが、今通っている整体の学校で先生に言われたことなのですが、「体のバランスが良い」ということです。
一つ一つの筋肉の付き方・そのバランス・柔軟性・骨の形状・全体の骨格バランス。もちろんパーフェクトなワケではなく、右に比べて左肩が高いとか、胸椎の湾曲が強い(=猫背傾向)とかはあるのですが、全体としては「非常に良い」らしいのです。

僕は子供の頃は小児喘息と付き合ってまして、今思うと 随分と大変な苦労を両親に掛けておりました。何せヒドイ時は週に二回 体質改善の注射を受けに通院したり、毎朝晩 自宅で吸入器をあてがったり、7歳の時は あまりにも病弱なため、医者から特殊学校への編入を勧められ その手続きをするものの 僕があまりにも泣いて嫌がったために断念する、なんてこともありました。

体が平静な状態から 少しでも針がブレると発作が起きます。運動なんてもってのほかで、暑いところや寒いところへ行っても、美味しいからといってゴハンを食べ過ぎても、ドリフを見て笑い過ぎても、すぐに ゲホゲホ ケヒョケヒョ 大発作です。
ですから子供の頃には 外を走り回って遊び呆けるなんてこともなく、僕の基礎体力は非常に情けないものでした。

それが小学校6年生に柔道を始めてからは、成長期と重なり合ったこともあってか 徐々に体力も付き、人並みに体を動かすことができるようになりました。
でも それまでが弱かったせいもあって、自分では 「俺は体が弱い」 と ず~っと思っていて 今に至っております。
現に 重いものを持つ力は人と比べられるレベルになりましたが、持久力だけは どんなに部活で練習しようが何をしようが、まるでダメ。話しになりません。

まともに体を動かすことが無くなって約20年が経ち、今でも僕は自分のことは「体力が無い」「体が弱い」と思っています。

そんな僕が、カラダのことで褒められるなんて、もう 言葉にできないくらいの驚きがありまして、死んだ親父にも その先生の言葉を聞かせてあげたいくらい。
それもこれも、結局は親のお陰なんだなあ と 感謝をしておりました。


そして、先日実家に帰っていた時の母親との会話。

僕「今は毎日自分で弁当を作ってるんだ」
母「あんたが? 大したモンだねえ」
僕「ご飯の量も 一日二合で間に合うんだよなあ」
母「二合?そんなべっこかい?(=その程度かい?)」
僕「食わなくなったからね。さすがに」
母「あんたとお兄ちゃんが中学・高校の頃は、一ヶ月40キロあっても足りなかったのにねえ」
僕「んん?」
母「よくお父さんが 『かなわんなあ。とにかく給料が出たら まず米を多めに買っておこう』
  って話してたんだよ」

そうか。そうだったのか。家計を左右するほど食っていたんですね、成長期の僕は。
小さい時は 発作が起きるからと腹一杯食べられず、大きくなって 腹一杯食べられるようになったと思ったら 今度は際限が無い。つくづく面倒な子供だったようです。

これは些細なことですが、仕事を辞めた僕が(まだ余裕はありますけど)、初めて「生活する=食べる」ことと真剣に向かい合ってみて、やっと親のありがたみ(の ひとカケラ)を理解できるようになりました。
まだまだこれからも、恐らく死ぬまでこういうことを繰り返していくのでしょう。結婚して子供でも生まれれば尚更のこと。
それが 歳を取る ということなのだとしたら、結構イイものかもしれませんね。
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by janometei | 2006-01-06 15:19 | 猥鈍駄馬考
初(苦)笑い
みなさん、新年明けましておめでとうございます。
本年も どうぞよろしくお願いいたします。

さて、新年早々にする話題じゃナイような気もしますが、気になってしまったので一発目のネタにすることにします。

大晦日から実家に帰り、兄貴家族&母親と丸二日間過ごしていました。家族全員で年取り~花札大会~麻雀大会(←どんな家族だ?) なんぞしながら、茶の間で楽しく過ごしていました。TVも つきっ放しです。まあTV番組と言っても特番ばかりで、しかも僕にとってはあまり興味のナイものが、甥っ子(中1)と姪っ子(小5)と母ちゃん(67)によって選ばれてしまいます。大体において元々スポーツ番組以外はあんまりTVを観ない僕なので、どこに転んでも似たようなものですケド。

そんな中、元日のTVで起きた出来事。
それは生放送でした。司会は笑福亭鶴瓶。出演は バラエティー番組界では中堅ドコロのお笑いタレントが5組。それらのお笑い連中に、いきなり「準備ナシでネタをやれ」と言う企画。
その順番を決める際に、僕の “新年初ガッカリ” は起きてしまいました。

鶴瓶を含めた司会チーム何人かが「こんな順番でどうや?」とボードに書いて出しました。順番はそれぞれで違います。で、それを見て、並んでいたタレント達が 一斉に「一番手」をイヤがったのです。
突然の事とは言え TV番組のこと。ネタを演ってもらう事くらいは彼らに伝えてあったはずです。(そうじゃなくても問題ナイのが芸人なんですケド)
それなのに、誰も一番手を選ぼうとしません。

「僕達はそんなガラじゃないです」
「まずは ○○さん達にやってもらって」
「何で俺達なんだよ!最初は○○だろう!」
「キャラクターから言って、まず○○じゃない?」
「最後もイヤだけどね」
なんて、まるでマンション偽装何とかの責任の擦り合いみたい。

最初は そのやりとりもネタのうちだろうと思って見ていたのですが、何と鶴瓶の表情が 見る見る変わって行きました。言葉には出しませんでしたが、逆に無口になり、「こいつら何考えとんねん?」という表情に。
ああ、ここはマジなんだなと、それで分かりました。
(鶴瓶の振る舞いも演技ならば、僕の負けですね)

それでも “擦り合い” の様子は収まりません。もしも自分達のことを本当に芸人だと思っているのなら、こんなチャンスはなかなかナイでしょう。活かさなきゃバカです。

最後は鶴瓶が強引に決めました。途中で「まあ、こっちに同じ芸人がズラっと並んでおって、ほんで、反対のステージで演るっちゅーのは やりにくいモンがあるけどな」なんてフォローを入れながら。

嗚呼、情けない...。

噺家ではあり得ないでしょうね。師匠にブン殴られますよ、そんな情けない姿見せちゃ。
漫才師だって何だって、芸人ならば やっぱりお師匠さんにドヤされるはずです。そんな失態晒しちゃ。
結局やっぱり、彼らは “芸人” ではナイのでしょうか。「芸が無い」のは見りゃ分かりますが、そういう意味ではなく、その育った環境・今現在置かれている環境も 芸人のそれではないのかもしれません。不幸ですね。
元々落語を出発とした鶴瓶も、そりゃ新年早々ガッカリしたことでしょう。心中お察し申し上げます。

ところで、もしもこの人たちが見ていたら、僕に向かって何と言うのでしょうか?

山下達郎:「僕も全く同感。でもそれが今の芸能界。まあ、見なきゃイイんです」
立川談志:「才能のネエ奴ぁ どーにもならねえヨ。それでも本人にやる気があるんだったら、
       俺んトコによこしな」
大滝詠一:「期待は失望の母である」
古今亭志ん生:「あんたも人間が小さいねえ。それっくらいのこたぁ、受け入れて笑い飛ばさ
          なくっちゃあ」

あいスミマセンm(__)m

彼らの未来に幸あれ。
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by janometei | 2006-01-02 22:56 | 猥鈍駄馬考
嬉しいこと
類は友を呼ぶ。

これは、直接的に関わり合う人だけを相手に言う言葉ではナイと思います。TVやラジオ・書籍などのメディアを通じて、誰かに共感を覚えることも それに当てはまることではないでしょうか?
12/9の深夜にスカパーでやっていたW杯ドローの特番。録画していたものを今日観ていました。そして『熱血掲示板』でA2さんが「豪華すぎ」と言っていた解説陣の中にも、僕の “ルイ友” がいました。モチロン片思いですけど。

出演していたのは、遠藤雅大・川勝良一・羽中田昌・鈴木良平・桑原隆・永井洋一・高木琢也・後藤健生・富樫洋一・水沼貴史(敬称略。以下も)。
片思いの相手は 後藤健生です。豊富な知識と豊富な経験をベースに、超現実的で超論理的で、それでいて理想を追い求める面があって、フリーで修羅場をくぐって来たことを感じさせるアナーキーさも持ち合わせています。そして何より魅力なのは、サッカーに対する愛情が 体から溢れ出ているところですね。僕がこの後藤健生が好きなのは、そういう風に感じられる 人としての資質もさることながら、言っていることに とにかく共感を覚えるのです。
先の番組でもそれが出ていました。

一番ハッキリ出ていて、嬉しかったのが、「日本代表メンバーを選んでくれ」というコーナーで選出したメンバー。
氏は4バックの前にワンボランチとして今野を選んでいました。そしてコメントが、
「今野はリベロ的に(4バックの真ん中の前をカバーする)ね。とにかくこいつは強いですよ」と。
いやあ、嬉しかったですねえ。自分が常々好きだと思っている人が、自分と同じ思いを持っているというのが分かると。ついでに、キーパーに土肥を選んだのも 僕はおんなじ。

他に今野を選んだ人は、富樫洋一と鈴木良平。富樫洋一は「今野は一人でも頑張れる。何か(クスリでも)やってんじゃないか?と思えるくらいスゴイ(^^)」なんて言ってましたね。

僕は ず~っと、W杯で世界と戦うには 一対一で守備が強くて ボールを奪う能力に長けていて 90分走り続けられて 気持ちの強い選手が必要で(←まあ、そんなのは誰が考えてもそうでしょうが)、それには今野が誰よりもピッタリだと思っています。何なら中田英を外してでも今野を入れるべきだとさえ。特に一次リーグでは。贔屓目を抜きにして。

それをズバリと言ってくれました。
こういうのって ホントに嬉しいんですよねえ。身近な仲間うちでもそうです。違う意見をぶつけ合うのも凄く楽しいのですが、意見が合った時もこれまた嬉しい!

世間では評論家に対して快く思わない傾向がありますね。企業人がよく使う「評論家みたいなことを言うな」というのは、評論家に対する侮蔑の意識が込められているケースが多いように感じます。実際にその世界を経験していない人間に ものを語る資格など無い という雰囲気が。
音楽をやったことが無い人間に音楽を語る資格は無い。サッカーをやったことが無い人間にサッカーを語る資格が無い。よしんば語れたとしても、経験者のそれには 価値は遠く及ばない。みたいな。

確かにそういう部分もあるでしょう。選手のメンタリティーなんて、やったことが無きゃ わからないでしょうし。
だけど、そうではない部分もたくさんあるはずです。ましてや「評論とは芸術である」「評論とは大衆の代弁である」「評論とは次の生産的行為に繋げるものである」という認識に立ったときには、その考え方は自ずと変わるはずです。
(何もこれはサッカー未経験者である僕を正当化するワケではありません)
後藤健生は “元サッカー選手” ではなく、ただの “サッカー馬鹿” だと聞いています。もしかしたら 僕が氏に共感を抱くのはそこら辺が影響しているのかもしれませんね。それは「元サッカー選手ではない者同士の連帯感」というものではなく、「元サッカー選手ではない者の発想」に対して無意識のうちに共感を覚えているという意味で。

“ルイ友” とは、同じ趣味思考・主義主張なんかを持った人間同士が集まることではなく、「気が付いたら 同じフィーリングの人間同士が残った」ということなのでしょう。
思い当たる実例がありますね。ここ2年くらいの間にも。強烈な例が。



さて、先のスカパーの番組内での話し。
ちなみに解説陣(水沼は無回答)が選んだ選手で、全員一致の9票を獲得したのは俊介と中澤の二名。8票は 中田英・加地・川口の三名。以下 6票:宮本、5票:小野・稲本、4票:久保・福西、3票:今野・田中誠・高原・三都主。
久保は、コンディションが戻れば限りなく満票に近づくような雰囲気でした。モチロン僕も同感。
この辺が、やっぱり 今の日本代表の問題を映し出しているんでしょうね。
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by janometei | 2005-12-12 22:23 | 猥鈍駄馬考
赤いシャツ
今が異国か これまでが異国か。

僕が現在通っている専門学校でのヒトコマ。
授業中は、下は白のジャージ・上は白衣 を着けているのですが、もちろん通学時は普段着です。先日、いつものようにジーンズを穿き、上は 寒くなって来たのでネル素材のウエスタンシャツを着て学校に行きました。
学校に着き、白衣に着替える前に それを見たある男子学生が、

「あれ? ルンバさん、派手ですねえ。赤いシャツ着て (´∀`)」




・・・・。
派手? シャツが赤いと派手なのか? そうなのか?



確かに田舎にいる僕の母親ならば、そう言うかもしれません。今年67歳になった登別の母親ならば。・・・いや、やっぱり言わないなあ。
「シャツをズボンの中に入れなさい」とか「随分色が落ちてボロボロになったジーパン穿いてるねえ」とか、そんなことだって やっぱり言わないなあ。
それを、22歳の若者が、「赤いシャツは派手」と言うの?確かに彼は高校を出て3年間自衛隊にいたそうで、あまり世間に触れていないのも分かります。だけど、そうじゃないでしょうに。

実は前にも似たような会話がありました。
僕が古着風の厚手のTシャツを着ていた時です。それは 首周りや袖なんかをワザとボロボロに加工してあって、肩や脇の縫い目も ワザと表側に見えるようにしてあるものです。
それを見て彼は

「あれえ? もしかしてルンバさん、Tシャツ、ウラオモテじゃないです? ( ´,_ゝ`)プッ 」




・・・・。
いや、違うから。



ばーちゃんでも言わないようなことを平気で真顔で言ってしまう彼。もちろん悪気も無ければ、冗談でも 他意がある訳でもないようです。素直過ぎるくらい素直な彼ですから。
その素直さと純朴さ故に、ファッション(というほどのものでもナイのですが)に関しては 全くの無知で、感覚もズレているのかもしれません。つまり、彼固有のセンスであるのだと 僕は理解しました。

一日の授業が終わり、帰る準備をしていました。
朝はいなかった女子学生(21歳・看護学校卒、元自衛隊員ではナイ)が、白衣を脱いで着替えた僕を見て。

「どうしたの? 赤いシャツなんか着て。派手だねえ」




・・・・。
お前もかよ。


もはや僕の頭は理解不能になりました。
普段よっぽど地味な格好をしている人間が、突然チャレンジしたファッションっていうワケではありません。いつも通りの 普通のアメカジ主体の格好です。
それを 20代前半の若者に「派手」と言われるとはねえ。
そこの世代の感覚が もはや違うモノになってしまっているのか、彼と彼女特有のものなのか、単に「38歳のルンバには似合わない格好」ということなのか。
言い換えると、世代間格差なのか 個体間格差なのか 僕が悪いのか。
もしも世代間格差だとしたら、これは驚くべきことです。もはや僕は関係ありませんが、今までいた業界の常識を覆すような話しです。

でも やっぱりあの二人だけの話しだと思いますけどねえ。
まあ、どーでもいい話しなんですけど。

参考までに そのシャツの写真を添付します。
「赤いシャツ」とは、コンサのレプリカではありませんヨ。念のため。
d0018664_220532.jpg

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by janometei | 2005-12-06 22:00 | 猥鈍駄馬考
早いもので
去年の今日。朝一で小樽に集金に向かう途中でした。僕が当時勤めていた会社の、本社にいる先輩からケータイに電話が入りました。その先輩、実はさくたろうさんの同期でもあり、今はグループ会社の取締役の肩書きもついている人で、僕が本社にいたときも よく話しをしたり一緒に仕事をしたりしたこともありました。僕個人としては、非常に信頼できる先輩でもあります。
その先輩からの電話。用件は、「また本社に来て、一緒に仕事をしないか?」というお誘いでした。

とってもありがたく、とっても光栄で、とっても嬉しい話し。
その日の晩、僕は決断しました。 「会社を辞める」と。

オファーを受けながら仕事を辞めるというのも ある意味 非常識な話しです。でも、元々「北海道で暮らして行く」という結論を持っていましたので、あとは「いつ決断するか」というだけでした。
それをズルズル延ばしていただけだったのです。
その前にも 何度も本社転勤の話しは来ていましたが、てきとーに逃げていました。でもそれまでとは会社の状況も変わり、更には 今度は自分が信頼していて、随分とお世話にもなった先輩からの直接の話しですので、“てきとーに”なんてワケには行きません。
即 決断をして、翌週末には東京に行き、その先輩と会って話しをして、正式にお断りの旨を伝えて来ました。
(ちなみに、その出張の “ついで” に、最終節の札幌vs甲府戦の応援に行きました(^^ゞ )

あれから一年。
その東京出張の翌週に 札幌営業所の責任者に退職する旨を伝え、年が明けて1月4日に「退職願い」を提出。5/20付での退社を希望するも、後任の件やら何やらで、結局10/5付けの退社。でも5/20で出勤を一応終え、そこからは有給・代休残の消化をさせてもらいました。

辞める決断をして しばらくの間は、またサラリーマンになろうと漠然と考えていました。幾つかのお誘いも受けましたし。でも、どこかで「違うよなあ」という気持ちがあり、少し自分自身を見つめ直して、これからの生き方を決めようと考え、そのためには過去の自分を全部捨てて、一度カラッポにする必要があるとの思いで、とにかく有給期間はボケ~っと遊び呆けていました。
そんな7月の とある日、義理を通しに行った仙台で本屋に入り、立ち読みをしていて ふいに「整体」というものに出会いました。そこでどういうワケか「これだ!」と閃き、今に至っているのです。

今となっては その“思いつき”による方向転換が正しいのかどうか良くわかりません。というよりも、間違ってたら困るわけで、そうならないように頑張るだけです。(まあ、そしたらまたやり直しゃあ いーんですけど)

以前アニー・コヒカから借りた『BECK』の中で 主人公のコユキが口にした言葉。

「フィーリングにしたがって生きてみる」  (←だったかな?言葉尻は違うかも)

イイ歳してマンガのセリフにシビレてしまった僕も、チョットどーかとは思うんですけど、とにかくこれからも頑張ろうと思う 一年目の今日なのでした。
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by janometei | 2005-11-22 22:08 | 猥鈍駄馬考
今日、やっと分かりました。
以前から ずっと気になっていたことがあります。
フィギュアスケートの安藤美姫。何やらアイドル扱いされているようですね。
実はその彼女を見て、「誰かに似てるなあ。誰だっけかなあ?」と、一年以上モヤモヤしておりました。

今朝乗った地下鉄で目に入って来た中吊り広告。PanasonicのVIERAというTVもの。
安藤美姫が ニッコリ笑って こっちを見ています。


その笑顔で 突然思い出しました。誰に似てるか。



























和波です。



良かった。これで、スッキリしました。









って、それだけかい!




※両者のファンの皆さん、ゴメンナサイ。
  「似てねえよ!」と思われた方、気にしないで下さい。
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by janometei | 2005-11-18 21:11 | 猥鈍駄馬考
わかってきたこと
僕は今、専門学校に通いながら整体の勉強をしています。
世間で やれリフレクソロジー(足裏マッサージ)だ、やれ耳ツボダイエットだ、やれ仙骨腸骨何たらだ、とかいう一種のブーム的なものとは全く関係なく、かと言って特段の思い入れが以前からあったわけでもなく、正直なところ “フィーリング” で飛び込んだ世界でもあります。
そうは言っても 嫌いなものでもありませんし、ましてや「ここで生きて行こうかな」と思ってからは、もちろん一所懸命勉強しております。

それで、学校に入ってから6週間。色々とわかってきたことがあります。
どんな道でも、流派や各種連合団体みたいなものがあって、それによって主義主張が違ったりするのは よくあることですので、僕が今の学校で技術と知識を教わりながら感じていること・考えていることが すべて正しく、他が間違っているとは限らないというのは当然の話しです。
そのことを前提に話しを進めますが、そんな流派や何やかやを超えて、絶対にやってはいけないことがあります。それは、「安易に骨格を矯正してはいけない」ということです。

安易というのは

  ①素人が自分で判断する
  ②レベルの低い術者の診断に身を任せる
  ③インチキ術者に身を任せる

といったトコロなのですが、特に①と③。
「ンなこたあ 当たり前じゃん。分かってるって」
なんて言わないで下さい。結構危ないです。それを助長するような不正確な情報が、世の中には氾濫しているのも事実ですし。

たとえば、誰かによって あなたの腰椎(背骨の中の腰部のもの)や骨盤が歪んでいるという診断が出たとしましょう。そして、その “歪み” が 本当に正確な診断だったとしましょう。
「腰椎と骨盤が歪んでいます。そこが歪んでいると、血液の流れ・リンパの流れ・姿勢の歪み・上半身の緊張 等 さまざまな障害を引き起こしてしまいます。
だから、その歪みを矯正しなくてはいけません。
では、さっそく矯正しましょう。ベッドに横になって下さい。・・・・グッ・ゴキゴキ・・・・はい、矯正が済みました。これでバランスが良くなりましたよ。もう大丈夫!」

これが割と よくある光景のようなのです。

一体ここで何が間違っているのか?
それは、骨の歪みは 筋肉が原因で起きているケースが大部分である ということです。
念のため「骨の歪み」とは「関節のバランスの歪み」です。骨そのものは歪みません(^^)。
その関節も、実は簡単には歪みません。周りに付着して運動作用を起こしている筋肉のちょっとしたバランス具合で、関節が歪んでいる状態を保たれているだけなのです。
理科室にあるガイコツに筋肉を付けたものを想像すると分かりやすいかもしれません。
元々可動性があってガチャガチャしたガイコツを筋肉で固めるので、人間はしっかり立ったり座ったり運動したりできます。その筋肉がキチンとバランスを保っていないと、中のガイコツは歪んでしまいますね。

実際に、骨盤の歪みがあるとか、片方の足が短い(もしくは長い)と診断した患者に対して、その原因であると予想される部位を中心に徹底的に筋肉をほぐして、再検査をしてみると、歪みが直っている・減少しているというケースが ほとんどだったりします。
もちろんその筋肉の歪みが原因で骨格が歪んでしまい、それが固まってしまっていて、治すのには骨そのものに外的刺激を与える必要がある患者も数多くいます。

ですから、“安易な” 矯正をしてはイケナイのです。
筋肉のバランスが悪いだけなのに 骨格をいじってしまっては、一見バランスが良くなったように見える体も、その実、骨格を悪くしてしまっている恐れがあるのです。
ですから、しっかりした専門化に診てもらうのが一番です。
手前ミソのような話しになってしまいましたが、ゼヒ、気を付けて下さい。
以前から時々整体のお世話になっているという 僕の周囲の友人の話を聞くと、幸いにもみんな そういうインチキ整体師の被害には遭っていないようです。
ただ、これだけブームのようになると、絶対に変なのが出て来ます。絶対に気を付けましょう。

ま、人の心配をするより、テメーの勉強をしっかりやれ! って感じですか。
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by janometei | 2005-11-17 00:00 | 猥鈍駄馬考
まだ引っ張ったりなんかして
亡くなった本田美奈子を少々引きずりながら、去年の秋口に発売された弘田三枝子の二枚組ベスト盤を買って聴いています。
ずっと前から買おうと思っていながらもタイミングを逃し続け、この倹約生活に突入してから購入するなんて どーにも間抜けなんですが、何だか我慢できなくて...。
それしても 実に歌が上手い! ある意味 美空ひばりと肩を並べるか それ以上の面がありますね。

この弘田三枝子にしても美空ひばりにしても、我らナイアガラーにとって重要な歌い手であるところの伊集加代子にしても、何て器用で 何て幅広いジャンルで 何て上手に 何て力強く歌うことなんでしょう!
今はなかなかお目に掛かれませんねえ、こういう人。何でも歌えるんだけど、何を歌っても 自分の世界へと引きずり込んでしまうような歌い手さん。
吉田美和も大好きですし歌も上手い。僕にとって数少ない “声だけでイケる” 歌い手の一人です。和田アキ子もMISIAも欧陽菲菲も復活するアン・ルイスも天童よしみも、他にも上手い人は たくさんたくさんいます。
でも、どこかチョット意味合いが違うんですよね。これは時代性なのでしょうか?
現代だって 弘田三枝子同様10代前半ながらも 驚くくらい歌の上手い女の子がいますが、やっぱりどうにも系統が違います。

僕は音楽評論家でもなければ文化人類学者でもありませんし、この “違い感” をうまく説明することもできなければ、そのことを追求する根気と能力もありません。


ただ そういうことを考えていると、やっぱり本田美奈子のことは残念でならないのです。

歌手として“転身”を成功させた人は結構いるでしょう。
演歌歌手へ転身した堀内孝雄や長山洋子、ロックシンガーへ転身した泉谷しげる あたりがパッと思い浮かびます。
本田美奈子も一見“転身組”です。アイドルからミュージカル女優へ。でもそれだけじゃあナイんですよね、彼女の場合は。
“脱皮” を繰り返していたんですよね。
アイドル→本格派の(歌謡曲&歌謡ロック)歌手→ミュージカル女優→(前者を継承しつつ)クラシックシンガー。どんどん技術を磨き、ジャンルを広げ、その世界を広げて行ったのです。

美空ひばりや弘田三枝子とは少し違った意味合いでの天才だったのでしょう。
もう少し時を重ねれば、「女王」と呼ばれるような存在になれたのかもしれませんね。
う~ん、つくづく貴重な人を亡くしたものです。
だけど、いつかまた、そんな歌い手さんが現れることでしょう。あても無く期待しております。

で、ここまで書いておいて何ですけど、僕はデビュー当時から彼女のことは結構好きで、「歌、上手ぇなあ」と思ってレコードやCD買ったり、セコハンですが写真集も買ったり(チト赤面)したことがありますが、正直言いまして、ここ7~8年くらいの彼女の動向をしっかり追っていた訳ではありません。
だからこそ 残念でならないのですが...。
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by janometei | 2005-11-12 21:58 | 猥鈍駄馬考